食べる 高齢者の歯②
コラム
ブリッジ紛失 総入れ歯に
東京都大田区の女性(93)は2男2女を育てた。出産を重ねるごとに歯が抜け、40代には上下とも総入れ歯にした。だが、なかなか合わずに何度も作り替えた。
60代でインプラント(人工歯根)手術を受けた。「しっかりかめるようになって、食べ物がおいしい」と喜んだ。食べることが大好きで、料理も得意だった。70歳までの約10年間、長女(68)夫妻が経営しているスーパーマーケットで総菜作りを手伝った。
86歳だった2012年、上あごが痛み出した。日本大学歯学部付属歯科病院(東京都千代田区))で萩原芳幸・歯科インプラント科長(58)の治療を受けた。インプラントから人工歯のブリッジが外れやすくなっていた。ブリッジをインプラントに固定しやすくしてもらい、その後も使い続けた。
女性は認知症を患っていた。このため、寝る前に外したブリッジは、同居していた次女(64)が洗浄液に浸して保管していた。しかし、次女が仕事で帰宅が遅かったときなどに、女性はブリッジをしたまま寝たり、紙に包んで枕元に置いたりすることもあった。
日大歯科病院には月1回通い、口の中をそうじしてもらっていた。通院から2年半ほど経ったある日の朝、次女は女性のブリッジが見当たらないことに気づいた。女性はブリッジをどこに置いたか忘れてしまい、家中探し回ることがよくあった。だが、この時はいくら探しても見つからなかった。
紛失から数日後、ブリッジが使えなくなった時のためにと萩原さんが作ってくれた、総入れ歯をはめてみることにした。インプラントにする前に使っていた総入れ歯はなかなか合わず、吐き気を催し、つらそうだった。次女は「入れ歯は母には合わないのではないか」と心配した。だが、歯がなくては軟らかいものしか食べられない。背に腹は代えられなかった。
総入れ歯には、上あごに吸着する床と呼ばれる部分がある。萩原さんが作ってくれた入れ歯の床には、残っていた4本のインプラントの頭部が収まるような小さな穴が開けられ、ぴったりはまるよう工夫してあった。女性は総入れ歯をはめてみた。嫌がることなく、これまでのようにおいしそうにごはんを食べ始めた。 (出河雅彦)
2019/3/12 asahi